アンケート & プレゼント

全葬連葬儀事前相談員

お葬式のことは全葬連葬儀事前相談員がご相談に乗ります

お葬式のことがよくわからない、どんな準備をすればいいのか費用はいくらくらいなのか・・・・・
お客様からのお葬式に対する様々な疑問に、葬祭サービス事業者として真摯な姿勢で誠実にお答えするために「全葬連葬儀事前相談員資格制度」は生まれました。



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葬祭コーディネーターコンテスト

葬儀業者の社員の自己の知識、実演の技術内容・水準だけでなく、消費者・生活者の立場を尊重・理解すること、お客様にどのような印象を与えているかなどの確認を行うことを目的としております。

葬祭コラム

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第50回

葬儀でラーメンを

 季節はようやく春となり、桜が各地で人びとの目を楽しませるようになりました。この時期、私はいつも思い出す言葉があります。
 あの、ラーメンが食べたいんですが――。どこかで誰かと一杯ひっかけて、酔いざましも兼ねてちょっとラーメンで腹ごなしでもしようというのであれば、何の変哲もない言葉でしょう。しかし葬儀の打ち合わせで、喪主さんから出た言葉となれば話はまた別。よくよく尋ねてみれば、亡くなった喪主さんの父親はラーメンが大好きで、通夜の席で会葬者にラーメンをふるまって故人を偲びたいのだとか。最近は中華の仕出しも珍しくはなくなりましたが、それでも普通の仕出し業者では手に余るリクエストには違いありません。
 それより何より、会葬者の人数は少なく見積もっても五十人前後。なかにはラーメンがさほど好きではない方や、丸ごと一杯を食べきれない高齢者や小さな子どももいるでしょうが、それでも数十杯のラーメンを一度に出すというのはなかなか至難の業です。
 喪主さんは温厚な人柄でしたから、お断りすることもできました。でも、何という幸運か!式場のすぐ近くに、ラーメン店ではないものの中華料理店があったのです。その店主から「一度には出せないけど、五杯ずつぐらいに分けて運んでもいいかな」と色よい返事を受け取った時は、もう小躍りして喜びました。ただし通夜ぶるまいでは寿司をいくつかつまんでビールを数杯といった程度が普通の光景ではありますから、結局は式場の厨房を借りて、そこで中華料理店の店員さんが小さめの丼にラーメンを作り続けるということに。
 お通夜で会葬者が一斉にラーメンを食べるというのは、いささか壮観ではありました。式場の外に咲く夜桜を窓の外に見ながら、ズルズルと麺をすすりこむ音とともに、今でも私の記憶のなかに残っています。後にも先にもあのような光景は見たことがないのですが、皆さんはどうですか?

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第49回

自己責任を考える(その二)

 前号に引き続き、自己責任をめぐる話題を。
 私の友人に、児童養護施設や里親家庭で生活している児童の自立を支援する事業を手がけている者がいます。親からの虐待や、あるいは経済的な困難などのさまざまな理由で、社会的養護の対象となっている児童は全国に約三万人。しかし十八歳になれば、その多くは施設や里親のもとを離れて暮らしていかなければならないのです。
 また、彼らが巣立つとき、実は金銭的な援助はほとんど見込めないのだとか。まさに徒手空拳の状態です。当然、それまでの生活が大きく変化することによって、社会のなかで孤立してしまうこともあるでしょう。その困難は、おそらく想像に余りあるものに違いありません。思わず、「その年齢で、ひとりで何でもこなして自立するのは大変だね」と嘆いてしまいました。ところが、友人の反応は私の予期していた言葉とは少し異なるものだったのです。
 「いや、そうじゃないんだ。『自立する』というのは『ひとりで何でもできる』というのとは、ちょっと違う。言うなれば、しっかりと『いろんな人に助けてもらえる』ようにする、ということかな。人間、誰しもひとりじゃ生きられない。『自立する』っていうのは、まずはそこから始まることだからね」  私は、彼の言葉になんとなく現代の葬儀を読み解いていく糸口があるように思えます。「自分のことは自分で」とは、周囲との関係を拒絶することなのだろうか。現実には「迷惑をかけたり、かけられたり」という関係のなかで人間は生きて、死んでいくのではないだろうか。もしもそうだとすると、今日の葬儀の端々に見られる「自己責任=迷惑をかけない」の思想と、私たち葬祭業者はどのように向き合うべきなのか――。
 難しい問題です。しかし、現代社会が私たち葬祭業者に求めているのは、まさにその問題に対する答えであると、私は感じています。

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第48回

自己責任を考える(その一)

 この号が読者の手に届いているときは、事態はどのように変わっているでしょうか。いわゆる「イスラム国人質事件」の話です。湯川遥菜さん、そして後藤健二さんの二人が中東で過激派組織に拘束され、本稿を書いている時点では残念ながら湯川さんが殺害された可能性が濃厚となっています。心から無事を祈るばかりです。
 さて、この事件をめぐる議論がさまざまに交わされるなかで、自己責任という考えかたが焦点のひとつとなりました。危険であることが明らかな地域に自ら乗り込んでいったのだから、それは自業自得であり、彼ら自身の責任ではないか。なぜ日本政府が巨額の身代金を支払う必要があるのか。それらの主張にも、一理あると言えるでしょう。
 その一方で、残虐な仕打ちを行ったのは別に彼らではないのだから、自己責任で片づけてしまうのはおかしいという声もあります。たとえば「もし全てを自己責任で考えるとなると、地震大国である日本に『自ら好んで』住んでいて、震災で命を失った人びとも『自己責任』になるのだろうか」という指摘なども目にしました。これもまた、あながち詭弁とは言えない観点だと言えるでしょう。
 考えてみれば現代の葬儀にも、この自己責任の思想が緩やかに、しかし着実に浸透しています。あくまで印象論とはなりますが、その傾向はバブル経済の破綻以降、とくに九〇年代後半から顕著になっている感が否めません。「わたしらしい葬儀」といったフレーズが出始めたのも、おそらくはその時期ではなかったでしょうか。
 もっとも、「わたしらしさ」を追い求めることと、「自分のことは自分で」という考えは、似て非なるものです。しかし、いつの時からか葬儀のスタイルも後者に力点が置かれるようになり、それが現在の家族葬・直葬・終活といった風潮にも連なっていると言えます。【次号に続く】

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第47回

還暦の初心

 今回のタイトルをみて、「あれ、還暦とは私のことだろうか」と思われたベテラン勢の読者もいらっしゃるかもしれません。まずは、その方々に心から祝意を表したいと思います。
 今日では「満」と「数え」が入り乱れているので、六十歳でお祝いする人と、六十一歳でお祝いする人の両方がいるようですが、いずれにしても還暦と言えば六十年という長い人生を経て干支が一巡すること。はじまりに戻る、つまり赤ちゃんに戻るということで、還暦を迎えた方に産着をあらわす赤い頭巾やちゃんちゃんこを贈る風習が今でも残っているのは、読者の皆さんもご存知でしょう。
 さて還暦といえば、全葬連も今年で六十周年。人間で言えば還暦を迎えるほどの歴史を重ねるに至りました。おそらく設立に漕ぎつけるまでの苦労は、現在の私たちの想像を絶するものがあったことでしょう。しかし先達の方々の使命感はそれを乗り越えて、着実に発展を受け継いでいます。
 もちろん、この六十年の間にはさまざまな紆余曲折や苦悩があり、決して平坦な道のりではありませんでした。やや語弊のある言いかたとはなりますが、単に同業者を束ねて意見を集約するだけの団体であったならば、もしかすると六十年という長きにわたる存続は不可能であったとも考えられます。やはり、その歴史のなかに「業界の健全化」を目指した人びとの努力があり、消費者に向けて葬祭業の意義と公共性を発信し続けた不断の取り組みがあったからこその六十年と言えるのではないでしょうか。
 そして、人間ならば還暦はそろそろリタイアという年齢ですが、全葬連と葬祭業の役割は現代社会のなかでますます重要性を帯びてきています。これを契機として一人ひとりが初心にかえり、先人への敬意とともに清新な気持ちでさらなる飛躍を――全葬連六十周年の今年がそんな一年になるように、私も気を引き締めて臨む所存です。

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第46回

走り過ぎにご注意を

 気づいてみればカレンダーはもう十二月となり、この二〇一四年も残すところ一ヶ月足らず。毎度のこととは言え、季節のうつりかわりは本当に早いものです。
 さて、十二月は旧暦の師走(しわす)にあたります。一般的には「いつも悠然と構えている偉いお師匠さん達も、年の暮れは忙しくて走らなくてはならないほどだから、この季節を師走と呼ぶのだ」と考えられていますが、実はそれ以外にもさまざまな説があるのです。たとえば、年が終わるという意味の「年果つ(としはつ)」が変化したとする説や、四季の終わりをあらわす「四極(しはつ)」という言葉を語源とする説など、多くの意見が存在します。そもそも、先ほど述べた「師も走る」という説にしたところで、師とはいったい誰を指すのでしょうか?
 これもまた色々な考えがあるようですが、有力な候補のひとつとして「お坊さん」が挙げられます。たしかに、師という字は今でも僧侶を指しますし、昔はお盆だけでなく年の暮れにも仏事が集中していましたから、お坊さんはあちこちを駆け巡らなければなりませんでした。このことは平安時代の末期に編まれた『色葉字類抄』という書物にも出ていて、僧侶が読経をあげるために東西を馳せる、つまり「師馳す(しはす)」から生じた言葉、という解釈が載せられているのだとか。もっとも、現在のお坊さんも年末の忙しさは昔と変わらないことでしょう。
 一方で、この季節に忙しいのは葬祭業も同じこと。寒さで体調を崩すことも多く、それでいて仕事は怒涛のように押し寄せますから、体調管理に万全を期さなくてはなりません。「休みたくても休めない……」という恨み節が紙面の向こうから私にも聞こえてきそうですが、時には一息入れて、落ち着いて仕事の段取りを確認してはいかがでしょう。作業中の事故なども起こりやすいこの季節、くれぐれも「走り過ぎ」にはご注意を。

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第45回

天災は忘れた頃に

 天災は忘れた頃にやってくる――漱石の弟子にして高名な物理学者でもあった寺田寅彦の言葉と伝えられているのは、おそらく多くの読者がすでに御存知でしょう。
 先日も御嶽山の噴火による惨事があったばかりですが、死傷者が多いか少ないかにかかわらず、「もしものときに」を合言葉にしている私たち葬祭業者も災害の危険に対しては常に万全の備えを整えてしかるべき。特に経営者の方には「法令上の規制を充たしていれば良いのでは」という意識ではなく、定期的かつ総合的な危機管理対策の確認をお願いしたいところです。
 さて、私たちの業界にとっては自らの身を守るだけではなく、お客様の安全を守ることも健全なサービス業としての義務であることを忘れてはなりません。ところが以前、私から「葬儀中に地震が起きたら……って考えたことがあるかい?」と業界内の友人に聞いてみたら、「あまりないね。それに、ちょっとやそっとの揺れだったら、そのまま最後まで葬儀を続けることのほうが大事だろう」という答えが返ってきたことがありました。
 個人的には、そんな思いも分からなくはないのです。しかし、「ちょっとやそっとの揺れ」の判断をその場まかせにすることの危険もさながら、ときには厳粛な儀式の遂行よりも、生きているお客様のいのちを優先しなければならない場合もあるはず。特に災害の規模が大きいほど、わずかな判断の遅れが致命的な結果につながってしまうことを考えれば、苦渋の決断とはなるものの勇気を振りしぼって「葬儀を中断します。皆さん、指示にしたがって落ち着いて避難してください」と告げなければならない場合もあり得るでしょう。
 あの大震災から三年半。やはり防災・減災の意識が希薄化している印象を受けます。私たちの責務は当然「生きている人びと」にも向けられていることを、ここでもう一度しっかりと認識したいものです。

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第44回

二〇三三年の葬儀へ

 先勝・友引・先負・仏滅・大安・赤口。読者諸氏もご存知の、いわゆる六曜です。
 そして、これも周知のとおり六曜とは旧暦における日の数えかたの一つ。明治時代から新暦が一般的に用いられるようになっても、生活からは切り離せないものだと言ってよいでしょう。季節ごとのさまざまな儀礼から結婚式、もちろん葬儀に至るまで、その日取りを決めるに際して六曜は欠かせない要素です。私たち葬祭業にとっても六曜に沿って行動している方が決して少なくないどころか、なにしろ友引を休日としている火葬場がまだ多数派ですから、お客さまとの打ち合わせでも重要な検討事項になります。私もかつて現場に出ていたときはトモマエ、つまり「友」引の「前」になると、これでようやく仕事が一息つけるかなと思ったものですが……。
 ところがこの六曜は、なんと二〇三三年には破綻してしまうのです。「破綻」と書くといささか語弊がありますが、決して大げさでもないことは、葬祭業に携わる方々ならば如実にわかるはず。くわしい原理は複雑になるので省くとして、端的に言えばこれまで閏月の置きかたなどによって新暦と旧暦の対応が定められていたものの、二〇三三年になると従来の方法が通用しなくなってしまう、という問題が根底にあります。したがって六曜だけでなく、夏至や秋分といった二十四節気はおろか、新旧の月日の対応さえ決められなくなってしまうのです。
 さあ、困りました。まだ時間の余裕は残されていますが、旧暦は公的なものとはされていないため、この「二〇三三年問題」については政府内でも今のところ確たる対応はみられません。一方で私たち葬祭業にとっては、約二〇年後の葬儀のありかたを考える良い機会。過去と現在の折り合いをどうつけていくかという問題の一端が、時代の要請として私たち葬祭業にも突きつけられているのですから。

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第43回

作法とルール

 食事を終えたあと、ご飯茶碗にお茶を注いで飲む。こんな光景を目の前にしたら、いささか行儀が悪いと感じる読者がほとんどではないでしょうか。しかし、少し前までは「それが作法だと親から教わった」という声もしばしば耳にしました。私の印象では、とりわけ戦前うまれの方々に多かった気がします。
 毎日の食事といえば食卓を囲んで一家団欒という光景を思い浮かべがちですが、昔はひとりずつ用意されたお膳で食べるのが基本。食後にご飯茶碗でお茶を飲むというのは、つまり自分の食器をきれいにゆすいで食事を終えるという意味もあったわけです。また現在のように水道が至るところに普及しているわけではありませんから、貴重な水を節約することにもつながりました。食器を水で洗うのは週に一度ぐらいで、あとはお茶でゆすぐか、布巾で拭いてお膳におさめておくだけという家庭も珍しくはなかったと聞きます。
 だからと言って、読者の皆さんにご飯茶碗でお茶を飲むのが正しいか否かと問いかけているわけではありません。正しい・正しくないというのは、あくまで「ルール」の話。それに対して「作法」というのは、生活のなかで理にかなっているかどうかという観点が土台にありますから、スポーツや法律のように「基準を厳密に定めて、そこから外れるものは罰する」という考えかたとは少し違います。
 このような話を持ち出したのは、今日の葬儀をめぐる議論が、「作法」ではなく「ルール」に偏りがちであることをいささか危惧しているからです。それぞれの死のありかたに寄り添って、それぞれの地域の生活と文化に配慮した「理にかなう」葬儀こそ私たちが目指すもののはずですが、「こういう葬儀はイエローカード」といった高圧的な論調がしばしばメディアのなかに見つけられるのも事実。ここはひとつ、食後にゆっくりとご飯茶碗でお茶を飲みながら、わが身を振り返ってみるのはいかがでしょう。

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第42回

夏のお葬式

 このところ少しばかりカタクルシイ話題が続いてきた感もあるので、今回はとりとめのない昔の話を。ただし昔といっても、まだ十年も経っていないかもしれません、
 ある農村の集落で、一人のおばあさんが息をひきとりました。息子さんから連絡を受けて自宅へと打ち合わせに駆けつけ、さて式場はどこにしましょうかと話を切り出すと、その息子さんは「母は生前から、あそこでやりたいと言っていたんです」と窓の外を指さしました。そこには、ぽつんと小さな集会所が。地域や団地内の集会所で葬儀を行うというケースは、今ではかなり少なくなったかもしれません。しかし私自身は、その小ぢんまりとした雰囲気が実はどことなく好きでした。もちろん、経済的理由で集会所を選ばざるを得ないというお客様も多いのですが……。
 さて、設備の整った専用式場と異なり、自宅や集会所での葬儀は皆さんご存知のとおり色々と臨機応変の対応が必要です。まず、幕を張るために垂木を組まなければいけない。最近は「タルキってなんですか?」という若い方もいますが、それも時代の趨勢でしょう。
 しかも、その集会所にはエアコンもありませんでした。時期は今と同じ、夏の真っ盛り。猛暑のなか、狭い空間で高齢の会葬者がひしめき合うことを考えたら、それこそ集団熱中症の大事件です。「さあ、どうしようか」と同僚達と考えあぐねてしまったのですが、ここでピンと来たベテラン勢も多いのでは。
 そう、氷柱です。氷屋さんで大きな氷柱を買ってきて、部屋の四隅に敷いた金盥の上へと置く。エアコンほどではないものの、いくらかは涼をとることができます。そんなこんなで何とかつつがなく葬儀を終え、汗だくで撤収していたところ、ご遺族が持ってきてくれた麦茶の味がいまだに忘れられません。エアコンのおかげで四季の感覚が薄れてきていますが、やはり夏は暑いもの。そんな当たり前のことを、今更ながらに思い出しています。

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第41回

ことばの仕事

 葬祭ディレクター技能審査では、この時期に全国各地で受験者に対する説明会が開催されています。そして、ある会場に関係者として足を運んだ時のこと。その言葉を聞いて、私は業界の未来に少し不安を覚えざるを得ませんでした。講師の方がディレクターとしての敬語の使い分けを懇切丁寧に述べている間、ある出席者が横にいる友人に「どっちでもいいんじゃないかなあ……」と囁いていたのです。私語そのものも甚だよろしくありませんが、その「どっちでもいい」という考えこそ大いに問題だと言えるでしょう。
 葬祭業とは、まさに「ことばの仕事」と言っても過言ではありません。電話の応対や打ち合わせ、そして司会に至るまで、サービスの良し悪しは適切なことばを用いることができるか否かにかかっています。しかも単に丁寧であれば良いというだけではなく、しっかりと目の前のお客様と深いコミュニケーションをとらなくてはいけませんから、時には打ち解けた言葉を使って応じることもあるでしょう。しかし、いくら臨機応変の対応が重要とは言っても、おざなりなことばを用いたり、私たちが死と葬儀という重大な局面を請け負っていることを忘れて適当なことばでやり過ごしたりするということは、あってはならないはず。「どっちでもいい」や「どうでもいい」では困るのです。
 そう言えば先日も東京都議会で、ある女性議員が質問を行っている最中に「早く結婚しろ」「子どもを産めないのか」といったヤジが出て大問題になりました。その質問が妊娠や出産に関する内容であったことを考えても悪辣極まりないセクハラですが、これも市民の代表である議員が葬祭業と同じく「ことばの仕事」であるのを忘れていたことから引き起こされた問題と言えるでしょう。これを他山の石として、日々どのような言葉でお客様に応じているかを省みることは、決して無駄ではないはずです。

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