第16回 セーフティーネット産業として |【公式】ご葬儀のことは全葬連(全日本葬祭業協同組合連合会)へ

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2025.03.15
コラム

第16回 セーフティーネット産業として

column

  孤立死をめぐる報道が相次いでいます。
  この現象が近年に固有のものなのか、それとも以前から存在する問題が(たとえばNHKによる一連の「無縁社会」特集などの)メディアの取り組みによって顕在化しただけなのかという点は、恐らく議論の余地があるでしょう。ただし、いずれにせよ周囲から隔絶したまま、不慮の事故というかたちで誰にも知られず息絶えるケースが増加傾向にあることはたしかです。しかもそれらの悲痛な出来事は、統計的には高齢者・生活困窮者・障害者など、周囲の支えがとりわけ不可欠な人々を中心に生じていると考えられています。
  孤立死に限らず、このような現代社会の歪みは、やはり社会保障上の問題という性質を強く帯びるものです。それは同時に、人々の生活にどれだけ安心を提供できるか、つまり公共的なセーフティーネット(安全綱)をどこまで張り巡らせるかという課題としても言い表せますが、よく考えてみれば今日の葬祭業に要請されているのは、まさにこの「安心の提供」であるとは言えないでしょうか。
  従来の社会保障は、文字通り「よりよく生きる」ための手立てを保障するという考えのもとに展開されてきました。ところが、たとえば経済産業省の「ライフ・エンディング・ステージ」に関する報告書で「よりよく『おくる』」という言葉が打ち出されていることからも察せられるように、安心でよりよい葬儀を提供することは、現在では社会保障に属するテーマとしても焦点化されつつあります。
  一方、葬祭業界の内部では、そのような意識は残念ながら未だ希薄であり、厳しく言えば自分の職業の意義を過小視しているようにも見えます。「隗より初めよ」ではありませんが、葬祭業の高度な公共性と専門性を広く認知してもらうためには、何よりもまず私たち自身が「葬祭業は人生の終着点を受けとめるセーフティーネット産業なのだ」という確固とした自覚を持つことが必要なのです。

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