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2025.03.15
コラム

第18回 お迎え体験

column

  死という出来事を婉曲的に表す言葉は昔から色々とありますが、とりわけ「お迎えがくる」は今でも多く耳にするもののひとつです。それでは、すでに他界したはずの親や友人などが本当に迎えにやって来るのだと言われたら、読者の方々はどう思われるでしょうか。
  最近、こうした「お迎え体験」を学術的に把握しようとする試みが注目を浴びています。プロジェクトの中心となった東北大学医学部の岡部健教授によれば、自宅で身内を看取ったことのある遺族に質問調査を行い、回答があったのは五百四十一人。その内の約四割が、息を引き取った家族が「すでに死去した親」や「実際にはありえない風景」など、他人には見聞きできない存在を感じ取ったり、語ったりしていたと答えたのだそうです。
  もっとも、これを一種のオカルトとみなしたり、または「せん妄」、すなわち意識が薄れていく過程で生じる幻覚や錯覚として科学的に説明したりすることも可能ではあります。しかし、この調査では科学的な真偽よりもさらに重要な事実が明らかになりました。お迎え体験に否定的評価を与えた遺族が全体の十九%に留まったのに対して、「死への不安が和らぐ」などの肯定的評価を与えた遺族が四十七%と約半数を占めたのです。
  この結果について岡部教授は「お迎え体験を語り合える家族は、穏やかな看取りができる。たとえ幻覚や妄想であっても、本人と家族が死を受けいれる一つの現象として評価するべきだ」(読売新聞・六月二十一日付)と述べていますが、これは私たちの仕事にも相通ずるものでしょう。探究心の旺盛な人ほど「葬儀の本当のありかた」への強い思いを抱くものですが、お迎え体験をめぐる様相からも垣間見えるように、誰にとっての「本当」なのかを熟慮することも重要なこと。伝統・文化・倫理の担い手としての意識を持ちつつ、一方では顧客の思い描く「本当」にも歩み寄ることができる姿勢を常に持ちたいものです。

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