第23回 風化する前に |【公式】ご葬儀のことは全葬連(全日本葬祭業協同組合連合会)へ

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2025.03.16
コラム

第23回 風化する前に

column

  年のはじめと聞いて思い浮かぶものと言えば、まずは初詣や初日の出、あるいはお年玉といった正月の風物詩になるでしょうか。いつになっても新年を迎えるこの季節は、何となく気分が昂揚するもの。しかし読者のなかには、あの十八年前の出来事に思いを馳せる方がいるかもしれません。
  一九九五年一月十七日午前五時四十六分。まだ松の内の空気も覚めやらぬ日の早朝に、あの阪神・淡路大震災が多くの人びとの命を奪っていきました。その頃の私は震源地から遠く離れた地に居を構えていたのですが、それでもあまりの揺れに飛び起き、凄惨な事態が時々刻々と報道されるのを目の当たりにして、一体この国はどうなってしまうのだろうと戦慄を覚えたものです。
  恐らく、誰もが「そのとき」は同じように感じたことでしょう。それでも時が経つにつれて人びとの会話やメディアの論評からは、ゆっくりと色あせるかのごとく阪神・淡路大震災の話題は消え失せていきました。
  当時生まれた新しい命がもう少しで成人になろうかというほどの時間が流れ、「震災」と言えば東日本大震災を指すようになった今、記憶が風化していくのも自然だという見方もあります。それでも、まだ十八年。いわゆる復興住宅で困難な生活を余儀なくされている方々も多く、当時の被災者が次々に他界していくなか、「そのとき」の記憶を受け継いでいくことは現在生きている私たちの責務であるような気もするのです。
  そして災害という出来事に限らず、考えてみれば私たちが請け負っている葬儀というのは、世代から世代へと記憶を受け継いでいく場でもあるはず。早い・安い・便利といった合理性だけを求めて葬儀が「記憶の終着点」になってしまわないよう、私自身も初春を迎えたこの季節に、清新な気持ちで身を引き締めたいと思います。今年が読者の皆さんにとって、よい年でありますように。

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