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第24回 灰になってしまえば

昨年の内に鬼籍に入った著名人には数々の印象深い方がいましたが、私の場合はとりわけ女優の森光子さんを思い出します。そしておそらく、森さんの一世一代の芝居と評された『放浪記』をご覧になった読者も多いことでしょう。これは作家の林芙美子による自伝的小説を演劇化したものですが、「放浪」と銘打つぐらいですから実際も波乱万丈な遍歴であった様子で、金銭や異性関係の問題で知人との仲をこじらせたり、辛辣な言葉で同業者を批判したりするなど、どうやら周囲との軋轢もそれなりにあった御仁のようです。
さて、森光子さんが亡くなったと聞いて私が思いを馳せたのは、役者としての偉大な足跡もさながら、彼女が演じた林芙美子という人物の葬儀にまつわるエピソードでした。林芙美子は戦後まもない一九五一年に人気絶頂のなかで没しましたが、その葬儀委員長をつとめたのが、あの川端康成です。そして川端が送った弔辞は「故人は、他に対して、時にはひどいこともしたのでありますが、しかし、あと二、三時間もすれば、故人は灰となってしまいます。死は一切の罪悪を消滅させますから、どうか故人を許してもらいたいと思います」というものでした。文壇の頂点に立つ者だからこそ言える、ある意味では身も蓋もない言葉です。しかし、生前に林芙美子から散々な目にあった人びとも、この弔辞を聞けば「まあ、しょうがないな」という気持ちにさせられるのではないでしょうか。
そしてここには、清々とした区切りのつけかたのひとつが顕われているような気もします。逆に、葬儀をおざなりにすると区切りも何もあったものではないわけですから、死者と生者の間に横たわる嫉みや憎しみといったものも、そのまま引き継がれてしまうということになるのでしょう。そう考えると「いかに清々しい区切りをもたらすか」ということも、私たち葬祭業者にとっては少なからず重要な眼差しであるのかもしれません。