第26回 霊柩車いまむかし(その一) |【公式】ご葬儀のことは全葬連(全日本葬祭業協同組合連合会)へ

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2025.03.16
コラム

第26回 霊柩車いまむかし(その一)

column

  私が折にふれて読み返す本のひとつに、井上章一氏の著した『霊柩車の誕生』(朝日新聞出版)があります。その名のとおり霊柩車がうまれてきた経緯や、そのデザインの変遷などを扱った内容ですが、平易な表現を用いながらも緻密な社会史に、そして克明な葬祭業の業界史になっている点で、私たちには必読の一冊と言えるかもしれません。
  さて、つい先日その『霊柩車の誕生』に内容を新たに加えた増補新版が出たと聞き、期待に胸を膨らませながら入手しました。初版は一九八四年。そこから約三十年の月日が経っていることになります(その間に一度だけ若干の加筆が施されていますが)。とは言え、どのような内容が加わったのかということは、読む前から大よその想像がついていました。
  この三十年間の霊柩車をめぐる大きな変化と言えば、恐らくは読者の方々も何となく思いつくことでしょう。ご推察の通り、宮型から洋型への遷り変わりです。そして井上氏が補筆したのも、まさに「消えゆく『宮型』」と題して大きく一章分を充てた重厚な内容でした。詳しくはお読み頂ければと思いますが、実は私も毎日のように霊柩車を運転していた時代があったためか、色々な感慨があります。
  すでにその頃は「宮型は出入禁止」という火葬場もぽつぽつと出始め、また私が運転していた車種も洋型がほとんどでしたが、いずれにせよ運転に「慣れる」ということはありませんでした。お客さんやご遺体を乗せている最中に何かひとつでも間違いがあったら……という緊張感も、当然あります。ただしそれだけではなく、単なる「車の運転」と「霊柩車の運転」を分け隔てるような、一種独特の雰囲気を感じ取っていたと言えるかもしれません。少し大げさに言えば、霊柩車を運転するという行為そのものが、何やら神聖な儀式のようにも思われたのです。そして今ふりかえってみれば、その感覚はやはり宮型のほうに強く感じるものでした。【次号に続く】

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