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第27回 霊柩車いまむかし(その二)

前回に引き続き霊柩車の話題を。運転する側だけでなく、霊柩車を見る側の感覚にも、宮型と洋型では大きな違いがあります。あくまで私の個人的経験ですが、宮型を運転していると、こちらに向けて合掌してくるお年寄りや、慌てて親指を隠す子どもなどを時折見かけました。実際に私も、幼いときは霊柩車を見れば「親が早死にしないように」とばかりに手を握りしめて親指を隠したものです。
今でもそのような仕草が残っているかどうかは寡聞にして知りません。しかし宮型の意匠が、それを見る人の日常のなかに他界や死のイメージを不意打ちのごとく思い起こさせてしまうと考えれば、自然に礼をしたり親指を隠したりする人がいるのもうなずけます。一方で、洋型を運転していても、あまりそのような光景に出会うことはありませんでした。「あの世」のイメージを薄めて、日常に供する普通のクルマに近づけたデザインこそが洋型なのですから、当然と言えば当然です。
そしてまた、この点が前回の「宮型は出入禁止」、つまり死を想い起させるものをできるだけ遠ざけたいという感覚にも連なっています。これを良し悪しという観点だけからみるのも表面的に過ぎるでしょうし、時代の流れという他はありませんが、これに対して『霊柩車の誕生』を著した当の井上章一氏は、新しく加えた箇所で次のように述べています。
「とむらいの演出が都市の街頭からしりぞき、建築やインテリアにむかいだしている。今のそんな趨勢は、外への効果をとどめた宮型が姿を消していく時流とも、ひびきあう。宮型に代表される外むきの演出が、もとめられなくなっていく。そんな時代だからこそ、内むきの演出がグレードを高めているのではないか」――さて、読者の皆さんはどのようにお考えでしょうか。また、これからも霊柩車が変化していくとすれば、それはどのようなものになるでしょうか。霊柩車を愛してやまない私としても、気になるところです。